国指定史跡及び名勝 西山御殿

国指定史跡及び名勝 西山御殿

元禄3年(1690年)水戸藩2代藩主徳川光圀公は家督を3代綱條公に譲り、同4年(1691)5月に栄華を極める江戸城を後に、光圀公自らが始められた「大日本史編纂事業」に生涯を捧げるべく、完成間もない西山御殿に移り棲まれました。同13年(1700年)12月6日、西山御殿の寝室で亡くなられるまでの10年間、編纂の傍ら多くの領民と親交を重ねられ、多くの人々から「黄門さま」と慕われました。

西山御殿は、光圀公の死後も遺徳を偲ぶ歴代藩主により守られてきましたが、残念ながら文化14年(1817年)の野火により焼失しました。その2年後の文政2年(1819年)8代藩主齊脩公により、規模を縮小して再建され、今日に至っています。

「西山御殿」と呼ばれたこの建物は、35万石藩主隠棲の地としての風格と、華美を嫌った光圀公の信条の融和を垣間見ることのできる仙境として、往時の面影をそのままに静に歳月を重ねています。昭和49年に茨城県の史跡に指定されました。

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